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浦和地方裁判所 昭和51年(ワ)790号 判決

原告 鷲野文夫

原告 鷲野よし江

右訴訟代理人弁護士 金住典子

同 友光健七

同 田中薫

同 田中峯子

同 鎌田正紹

同 土山譲

被告 春日部市

右代表者市長 田中俊治

右訴訟代理人弁護士 坂巻幸次

同 小林芳郎

主文

一  被告は、原告鷲野文夫に対し、金一二一三万三二七〇円及び内金一一〇三万三二七〇円に対する昭和四九年三月一四日から、内金一一〇万円に対する昭和五一年一一月一八日から各支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告鷲野よし江に対し、金一一八九万三二七〇円及び内金一〇七九万三二七〇円に対する昭和四九年三月一四日から、内金一一〇万円に対する昭和五一年一一月一八日から各支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告鷲野文夫に対し、金二〇三四万九八〇四円及び内金一九二四万九八〇四円に対する昭和四九年三月一四日から、内金一一〇万円に対する昭和五一年一一月一八日から各支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告鷲野よし江に対し、金二〇〇四万九八〇四円及び内金一八九四万九八〇四円に対する昭和四九年三月一四日から、内金一一〇万円に対する昭和五一年一一月一八日から各支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告ら夫婦の長男鷲野秀一(昭和四四年一二月二〇日生。以下単に「秀一」という。)は、昭和四九年三月一四日午前一〇時一〇分ころから同一〇時三〇分ころまでの間に、埼玉県春日部市大字粕壁三四〇四番一八(旧住居表示)所在の原告ら住居付近に存する被告が設置、管理する新方領用水(以下「本件用排水路」という。)に転落して死亡した。

2  秀一の本件用排水路への右転落事故(以下「本件事故」という。)は、次のとおり、被告の本件用排水路に関する設置及び管理に基づくものである。すなわち、

(一) 本件用排水路は、東武鉄道伊勢崎線一の割駅の北西約三〇〇メートルに位置する同線路沿いの住宅の密集した地域の真中を東西に横断し、同地域の西方にある「大池」を経て会之堀川に至る水路である。しかし、原告ら住居付近には、児童公園など子供のための遊び場が皆無であったため、原告ら住居付近の子供は、主として本件用排水路の南側に接して存する民有の空地(以下「本件空地」という。)及び同空地の東側に隣接した駐車場等を遊び場としていた。

(二) 本件用排水路は、かつては、中央部分にわずかに水が流れ、水深も三〇ないし四〇センチメートル程であり、傾斜のなだらかな両岸には葦の密生する農業用水路であったので、子供でもたやすく右水路の上を飛び越えて対岸に渡ることのできる状態であった。ところが、被告市の都市化、人口増によって農地の宅地化が進行するにしたがって、被告は、昭和四七年七月から昭和四八年一月にかけて、本件用排水路を付近住宅用の排水溝としても併用できるようにするため、別紙図面のとおり、従来の水路の幅員を三・二四メートルに拡張したうえ、両岸の土を垂直に削って深さを一・七メートルに掘り下げ、両岸の側壁に亜鉛製鋼板を当て、それを一・五三メートル間隔に架設された幅約一〇センチメートルの鋼製角型パイプをもって押さえることにより両岸の崩壊を防ぐ柵渠工事を行なった。その結果、本件用排水路は、本件事故当時ごろも水深一・二メートルあったうえに、底にはヘドロが約四〇センチメートルも堆積し、水面には、塵芥が浮遊するいわゆるどぶ川(溜汚水溝)状態となった。

しかるに、本件空地と本件用排水路との境界には、本件空地の所有者が埋立の際、幅三五センチメートルの本件用排水路の水路敷(土揚敷)に接して設置した幅一三センチメートル、高さ六五センチメートルのブロックによる土止めがなされ(本件空地と右ブロックとの高さの差は、一〇センチメートルしかない。)高さ一、二メートルの雑木がまばらに植えられていただけで、本件用排水路には蓋かけはもちろんのこと、その両岸にネットフェンス等転落防止のための施設は、一切設置されていなかった。

したがって、本件用排水路は、子供がそこに近付いた場合転落するおそれがあると同時に、転落すれば到底自力では這い上ることのできない危険な状態であった。

(三) 被告市は、かつて埼玉県の穀倉地帯として米麦の集散地であったが、昭和四〇年以降急激に都市化が進み、約一〇年間に人口が約三倍に急増するとともに、乳幼児・児童・生徒等の幼少年人口も著しく増加していった。そうした中で、被告市においては、無秩序な農地の宅地転用が進行していったため、被告は、増加していく住宅のための排水施設として従来の農業用水路をこれに当てると同時に本件用排水路を含む多数の農業用水路について前記のような柵渠工事を行なって溜汚水溝を作り出したのにかかわらず、右柵渠工事を行なった水路に対し、その後も何らの転落防止の安全対策を講じないまま放置していた。その結果、被告市においては、昭和四六年から昭和五一年の間に本件事故を含め、七名もの幼児の水死事故が発生した。

(四) 本件用排水路付近は、前記のとおり、柵渠工事施工当時から住宅が密集していたうえに児童公園などの子供の遊び場も全くない所であったから、被告は、右工事に着手するにあたり、本件用排水路の付近では、特に判断能力のない幼児が遊び回り、右水路に転落して溺死する危険性がありうることを予測していたか、もしくは少なくとも予測し得たのにかかわらず、敢て何らの転落事故防止のための措置をとらず、右の危険をそのまま放置した。

そして、幼児が独力で接近し得るような場所にある用排水路については、幼児の接近を阻止し、転落の危険を防止するに足る万全の防護設備を施さない限り用排水路の設置又は管理に瑕疵があるというべきであり、本件空地が普段付近の子供達もしくは特定の幼児の遊び場となっていると否とにかかわらず、付近に住宅が密集し、本件用排水路に、親が目を離した隙にでも遊びに近付く子供のいることが客観的に明らかな場合には子供の本質的性行上用排水路に近付く危険が客観的に大きいのであるから、被告市としては、これに備えて転落防止のための万全の措置を講じて置かなければ、右瑕疵の責任を免れないというべきである。そして、それが民有地に接する部分であっても、条例その他により、所有者又は居住者・利用者に転落防止措置を講ずることを義務付けるなど、それが通常行われる状況になければ、住民はその施策を被告市に委ねているのであって、被告市の責任に変りはない。

又、本件用排水路が、たとえ地盤がゆるく、蓋かけが困難であるとしても、被告市の管理下にある土揚敷の部分にネットフェンスを設置することは容易であって、子供が付近にいても容易に登りくぐり出来ない高さをもったネットフェンスを設置することは技術的にも十分可能であったのである。

(五) なお、被告は、本件事故直後、本件用排水路の両岸に有刺鉄線を施したが、原告らの更に強い要求によって昭和四九年一〇月、本件事故現場付近の用排水路上を約六〇〇メートルにわたって金網で蓋うという簡単で不十分ではあるが安全対策を講じるに至った。

3  本件事故に基づく損害は次のとおりである。

(一) 秀一の逸失利益 金二七八九万九六〇九円

秀一は、死亡当時満四歳の健康な男子であったから、本件事故に遭遇しなければ満一八歳から満六七歳に達する四九年間は、稼働可能であり、その間は、少なくとも昭和五四年賃金センサスによる全産業男子労働者平均の現金給与額年額金三一五万六六〇〇円に相当する収入を得ることができるものというべきであり、右金額から秀一本人の生活費としてその五〇パーセントを控除すると年間純収入は、金一五七万八三〇〇円となり、中間利息の控除についてホフマン式計算方法を用いて死亡時における逸失利益を算定すると金二七八九万九六〇九円となる。

そして、原告らは、秀一の父母として右金額の二分の一ずつを相続した。

(二) 葬儀費用 金三〇万円

原告文夫は、秀一の葬儀費として金三〇万円を出捐し、同額の損害を被った。

(三) 慰謝料 金一〇〇〇万円

原告らは、最愛の長男秀一の死亡によって筆舌に尽しがたい精神的苦痛を被ったが、これを金銭に見積ると各金五〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用 金二二〇万円

原告らは、本件訴訟を原告ら代理人に委任するにあたり当初請求金額の約一割である各金一一〇万円を報酬としてそれぞれ支払うことを約したが、これは、本件事故と相当因果関係を有する損害である。

4  よって、被告に対し、国家賠償法二条に基づき、損害賠償として原告文夫は、前記3の(一)、(三)、(四)の各二分の一及び(二)の金員の合計金二〇三四万九八〇四円並びに同金額から弁護士費用を控除した金一九二四万九八〇四円に対する本件事故発生の日である昭和四九年三月一四日から、弁護士費用金一一〇万円に対する事故発生日後(訴状送達の日の翌日)である昭和五一年一一月一八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、同よし江は、同(一)、(三)、(四)の各二分の一の金員の合計金二〇〇四万九八〇四円並びに同金額から弁護士費用を控除した金一八九四万九八〇四円に対する本件事故発生の日である昭和四九年三月一四日から、弁護士費用金一一〇万円に対する事故発生日後(訴状送達の日の翌日)である昭和五一年一一月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、秀一の死亡時刻は知らないが、その余は認める。

2  同2の事実につき、(一)のうち、本件空地及び原告ら主張の駐車場が子供の遊び場であったことは知らない(右空地は本件事故当時私有地で古材木置場として使用されていた)が、その余は認める。(二)のうち、被告が本件用排水路の柵渠工事を施工するにあたり、従来の溝床を掘り下げたとの点、本件事故当時本件用排水路の水深が一・二メートルであったとの点及び本件用排水路は、子供がそこに転落するおそれがあると同時に、転落すれば到底自力で這い上ることのできない危険な状態であったとの点は否認するが、その余は認める。本件用排水路の水深は、柵渠工事施工後も従前と同様渇水期で約三〇ないし四〇センチメートル、増水期で約八〇ないし一〇〇センチメートルであった。又本件事故現場付近の本件用排水路には、蓋かけ等転落防止のための安全施設は設置されていなかったものの、一般市民の利用度が高く事故の予見されるような橋及び本件用排水路沿の道路(水路敷)には有刺鉄線、恒久的ガードネット、鉄柵、危険表示の立看板を設置して危険防止をはかっていたし、その他の箇所については、親の十分な監視、擁護によって幼児が本件用排水路に転落するような危険性はないと判断していた。加えて、本件空地は、民有の農地であり、かつ現況は宅地化されているものの、本件事故当時、古材木置場として使用され、子供の遊び場として常用されていなかったばかりか、不特定の幼児の入り込むような場所ともなっていなかったし、被告もそのような状況を把握していなかったほか、本件用排水路沿の本件空地部分には、同土地の所有者によって、約二〇メートルにわたり生垣が植え込まれてあったので、被告は、本件事故前に、本件空地の所有者又は原告ら本件事故現場付近の住民から、本件用排水路の危険性を訴えられ転落防止のための防護措置を取るよう要請されたこともなかった。(三)のうち、被告春日部市がかつて埼玉県の穀倉地帯として米麦の集散地であったが、昭和四〇年以降原告ら主張の如く都市化によって、急激に人口及び幼少年人口が増加したこと、被告市において、昭和四六年から昭和五一年までの間に本件事故を含む原告ら主張の七名のうち六名の幼児の水死事故が発生したことは認めるが、被告が住宅用の排水施設として併用するため、柵渠工事を行なった本件用排水路を含む多数の農業用水路が溜汚水溝となったとの点、被告が、右各水路に対して転落防止のための安全対策を何ら講じないまま放置したとの点は否認する。その余は知らない。被告は、総延長二六二キロメートルに及ぶ用水路すべてについて蓋かけ、ネットフェンス等による安全措置を講ずることは不可能事であるから、一般市民の利用状況等に応じて安全上必要と思われる箇所について前記のような措置をした。(四)のうち、本件用排水路付近は、柵渠工事施工当時から住宅が密集していたこと、原告ら住居付近には児童公園がないことは認めるが、その余は否認する。(五)の事実は認めるがその余は争う。

3  同3はすべて争う。

三  抗弁

仮に本件用排水路の設置及び管理に瑕疵があったとしても、本件事故の発生については、秀一及び原告らに次のとおり重大な過失があったので損害賠償額の算定にあたっては、これを(各五割程度)斟酌すべきである。

1  秀一は、本件事故当時満四歳二か月であったから、本件用排水路には、蓋や柵がないうえに水面が埋立地よりも約一メートルも低いところにあって、心理的にも恐怖感を抱くとともに同水路に近づけば転落する危険もありうることを認識し、これに従って事故を回避し得る能力を備えていたのにかかわらず、秀一が不注意にも本件空地に植えられている前記生垣の間をくぐり抜けて本件用排水路に近づき、転倒転落などの危険を招くような挙動に出たため、本件事故が発生したのであるから、秀一に重大な過失がある。

2  秀一の両親である原告らは、本件用排水路の付近に居住し、同水路には、橋や道路沿を除いて蓋かけ、柵などの転落防止の措置がなされていなかったこと、及び本件空地が古材木置場として使用されていたことを熟知していたのであるから、秀一ら幼児が本件空地から本件用排水路に近づけば転落することがあるかも知れないことを十分に認識していたか少なくとも認識し得た筈であるから、原告らは秀一を常時監視下に置くか少くとも本件用排水路のような蓋かけ、柵などの防護施設のない危険な場所に一人で立入らないよう十分注意すべきであったのにかかわらず、四歳の秀一に対する十分な指導監督を怠り、秀一が本件用排水路沿いの本件空地内古材木置場付近で一人遊びをするのを放置し、原告よし江が二男を医師の診察を受けるため出かける前に秀一を呼んでも声は聞えなかったのであるから、その所在を確認すべきであったのに、捜して連戻すこともせず、留守居に来た兄嫁に探してくれるよう依頼したにすぎなかったのであって、これも本件事故発生の一因となったものである。

四  抗弁に対する認否

1  過失相殺の主張は争う。過失相殺は、あくまで実質的に対等な私人間における損害の公平妥当な分担を実現するために設けられた制度であるところ、被告は、地方公共団体として、憲法並びに法令上、児童の健康、福祉を増進するための諸施策を実行すべき義務があり、そのために強制力をもって右に必要な費用を徴収し得る地位にあるとともに、用排水路を設置し、管理する独占的権限及び事故防止対策を講じうる経済的背景を有している。しかるに、本件用排水路の設置及び管理の瑕疵は、請求原因2の(二)及び(三)記載のとおりであって、本件事故のような危険の発生を被告において容認していた未必の故意又は少なくとも重大な過失によって作り出され、その結果、本件事故が発生したものと(この不作為は国家賠償法一条の違法な行為としても)評価されるのである。かかる場合には、仮に秀一及び原告らに不注意な行為があったとしても、国家賠償法二条の立法趣旨に鑑み、過失相殺の制度そのものが適用されないし、仮にそうでないとしても、秀一及び原告らの過失を斟酌することは許されない。

2  抗弁1のうち、秀一が本件事故当時満四歳二か月であったこと、本件用排水路の水面が本件空地から約一メートル低いところにあったことは認めるが、その余は否認する。秀一自身には事理弁識能力がなかったことは明らかであり、仮に、多少の弁識能力があったとしても、本件では具体的過失はなかったし、又本件空地の北側の本件用排水路沿の部分には、高さ一ないし二メートルの雑木がまばらに植えられていたのみであって、それらは、到底生垣と称されるような幼児の水路敷への立入を妨げるに足るものではなかった。

3  原告らが秀一に対する十分な指導監督を怠り、同人の一人遊びを放任したとの点は否認し、その余の事実は認める。秀一が一人遊びをしていたところはその二方を住居に、他の二方をネットフェンスに囲まれた未だ使用されていない自動車駐車場の中であり、しかも、原告よし江が秀一から目を離したのは一〇分か一五分にすぎない。

監護義務者である親権者につき過失相殺すべきかどうかは、当該子の監護につき過失の有無すなわち子に対する監護が社会的に非難される行為、社会的に不相当とされる行為の有無によって判断すべきところ、原告ら親権者は秀一に対し常に本件用排水路に近付かないように注意をくり返していた(このため秀一も自宅前路上近くの小空地、住宅に囲まれた広場で遊ぶのを常としていた)し、又原告よし江は日常秀一の動静を家事をしながら窓から見たり、声で確認したり、近所の親に頼み、近隣の親同士で声をかけ合うなどして秀一の監護を怠っていなかったし、本件事故当日、秀一が遊んでいた場所も日常生活の範囲内であり、しかも安全な場所、近隣の庭先、未使用の駐車場であり、秀一の存在場所を声その他で確認し、しかも裏の谷井宅に言葉をかけて帰るように伝言し、その後所用で訪れた近隣の知人にも同様の依頼をし、同人らを通じ秀一の声、姿を確認したのであるから、監護者として秀一の動静を十分把握していたのである。(その後留守居に来てくれた兄嫁に秀一の監護を託して二男を医師に連れて行ったときにはすべてその前午前一〇時一〇分ないし一〇時三〇分の間に秀一は死亡していたと推定されるのである)従って、原告よし江に監護者として怠った点はなく、社会的に非難され、不相当とみられる行為がなかったことは明らかである。

五  再抗弁

春日部市内においては、本件事故発生前から、幼児が用排水路等に転落して死亡する事故が多発していたため市議会においても右事故防止の問題がとり上げられ、しかも、その対策実施は、僅かの費用でなされうるのにかかわらず、前記のとおり、被告は、本件用排水路を危険な構造の水路に作り変えたうえに何らの安全施設も設置せずにその危険を放置したのであるから、本件用排水路についての設置及び管理の瑕疵は、被告の未必の故意もしくは重大な過失により生じたものというべきである。そして、かかる違法な行為を行なってきた(そして本件事故発生後も市内の危険個所の総点検及び防護措置も行っていない。)地方公共団体たる被告が、本来対等な私人間における損害の公平な分担をはかるための過失相殺の主張をすること自体、明らかに権利濫用であって、許されない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認し、その主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、(秀一の死亡時刻を除き)当事者間に争いがない(死亡時刻については後記のとおりこれを正確に判定する資料はない。)。

二  そこで、本件事故が被告の本件用排水路の設置又は管理についての瑕疵に基づいて発生したか否かにつき判断する。

《証拠省略》によれば、

1  本件用排水路は、原告ら住居の存する住宅地域の中を横断している水路であること、原告ら住居付近は、住宅が密集しているものの児童公園など公的に設置された幼児の遊び場が全くない場所であること(このことは当事者間に争いがない。)原告ら住居付近の家庭には、秀一とほぼ同年令の幼児が多数いたうえに、それら幼児は、主として原告ら住居東側にある大池荘アパート付近の広場あるいは本件用排水路北側沿にある本件空地もしくは同空地西側に隣接している自動車駐車場等を遊び場としていたこと(本件空地は小学校低学年生が使用していたことが多かったこと。)。

2  本件用排水路は、かつては水深三〇ないし四〇センチメートルで、傾斜のなだらかな両岸には葦の密生する農業用水路であったが、被告市の都市化が進み、人口が増加するにつれて、被告は、下水道施設の設置に代え本件用排水路を一般家庭用の排水溝としても利用させるべく、昭和四七年七月から昭和四八年一月にかけて、別紙図面のとおり、両岸の土を垂直に削って巾三・二四メートル、深さ一・七メートルの水路に改造したこと(このことは当事者間に争いがない。)、被告は、本件用排水路の改造工事を施工するにあたり、従来の水路の両岸及び溝床の土砂を取り除き、右水路の容積を拡大したものの、本件用排水路は、元来農業用の灌漑用水路であったことから、溝床の勾配そのものが約一〇〇メートルにつき一センチメートル程のきわめて緩慢なものであるので、常時汚水が溜ったままの状態となり、季節によってかなり差はあるが、本件事故発生時ころにおいても、本件用排水路の水深は、一メートルを超え、その溝床にはヘドロが堆積し、水面には塵芥が浮遊していて幼児が転落した場合自力で這い上ることは出来ない溜汚水溝となっていたこと、被告が右工事を施工している昭和四七年秋ころ、もと田であった本件空地の埋立工事がなされたこと。

3  秀一が転落した地点とみられる本件空地と本件用排水路の境界には、別紙図面のとおり、巾三五センチメートルの水路敷に接して巾一三センチメートルのブロックが六五センチメートルの高さに積み上げられているだけで、本件空地と右ブロックとの高さの差は一〇センチメートルしかなかったこと、右地点の本件用排水路には蓋かけ、柵などの転落防止設備は何ら設置されていなかったこと(このことは当事者間に争いがない。)、本件空地は、本件事故当時、北東側の一部が古材木置場として使用されてはいたが、そのほとんどの部分が障害物の置かれていない空地の状態でかなりの広い空間があったこと、本件空地の右用排水路沿の部分には、植木がまばらに植えられていたものの、それらは、用排水路敷への立入を妨げ、転落防止の機能を有するようなものではなかったこと。

4  春日部市内においては、本件事故発生前にも幼児が水田用の溜池や用水路に軽落する事故が相次ぎ、すでに昭和四四年ごろから市議会においても、右の事故対策が取り上げられ市内全域にわたり水難事故防止のための安全対策の請願が採択されていたこと、そして昭和四六年以降本件事故発生時までの間に本件事故以外の場所でも四人の幼児の用水路等への転落による死亡事故が発生していたこと、被告は市街化の著しい区域を主に安全対策を進め本件用排水路についての前記改造工事施工後、本件用排水路沿の道路や付近の橋など一般に人が往来する場所には、自ら柵や危険箇所への侵入を防止するための有刺鉄線、立入禁止を表示する表示板を設置したり、本件用排水路附近の住民に対して同用排水路沿に柵を設置することを条件にして水路敷を道路として使用することを認めたりする程度の安全対策を講じていたが、それ以外の場所については、右住民から本件用排水路に蓋かけをして、そこを子供の遊び場にしてほしい等の要望があったものの、特に対策を講じていなかったこと。

5  なお、本件事故後、被告は、本件用排水路の両岸に有刺鉄線を張ったが、その後昭和四九年一〇月、更に右水路上を(一メートル当り三五〇〇円程度の費用をかけ)約六〇〇メートルにわたって簡単な金網で蓋ったこと(費用の点を除きこのことは当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実を総合すると、被告は、人口、住宅の急激な増加にともなって、家庭用の排水溝の設置を補うためやむを得ず、本件事故現場付近の本件用排水路を農業用水路から用排水路に改造するに至ったものであるが、被告が右工事を施行するに当っては、本件空地の存在及び状況を当然認識し得たし、民有地であっても、本件空地など本件用排水路付近の子供らの遊び場となり得るところでは、子供らが本件用排水路に近付き、僅かな機会でもそこに転落する可能性があり、転落すれば自力で這い上ることすら不可能であることを被告においても容易に予想し得る状況にあったとみられるから、通常予測し得ないような特殊な態様による場合を除き、本件のような通常の態様で十分発生が予測される転落事故を防止するため民有地の権利者とも協力する等して出来る限り右事故発生を防止するに足る安全施設を備えるべく配慮し、少なくとも柵を設置するか、比較的容易にかつそれ程多額の費用を要しないでなされ得たとみられる比較的簡単な現在設置されている程度の金網を水路面にかぶせるなどの施設を備える必要があり、これをしないで設置した用排水路は通常の一般に必要とされる危険防止機能を備えた用排水路ということはできず、公の営造物の設置、管理に瑕疵があったというべきところ、被告は人通りの多い橋付近や本件用排水路沿いの道路その他自己の直接管理する部分で一般に利用度の高い個所に柵などの転落防止施設を設けただけで、民有地である本件空地など被告が直接公に管理していない土地に接する部分で公の遊び場等が付近にないため子供の遊び場として使われていた個所についてはすべて民有地の権利者による任意の措置と監護義務者による強い禁止的監護を前提とし、単にこれのみに依存して右施設の設置を怠りこれをしなかったことは本件用排水路の設置、管理に瑕疵があったというべきである。

そして、秀一が、本件用排水路に転落するに至った具体的経緯は本件全証拠によるも明らかでないが、本件空地から転落したことは当事者間に争いがなく、本件事故現場付近の本件用排水路に柵や蓋かけ等の安全措置が講じられていたならば、本件事故が発生しなかったことは明らかであるから、本件事故は、被告の本件用排水路に対する設置、管理の瑕疵によって発生したものと言わざるを得ない。

よって、被告は、原告らに対し、国家賠償法二条に基づき、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

三  原告らの損害

1  逸失利益

《証拠省略》によれば、秀一は、本件事故当時満四歳の健康な男子であったことが認められるので、厚生省簡易生命表(昭和五二年)によれば、本件事故に遭遇しなければ満七三歳まで生存することができ、満一八歳から満六七歳までの四九年間は稼働可能であったものと推認される。そして、昭和五四年賃金センサスによれば、全産業男子労働者に対し、きまって支給する現金給与額は、月額金二〇万六九〇〇円、年間賞与その他特別給与額は、年額六七万三八〇〇円であるから、秀一は、一八歳から六七歳までの四九年間、年間平均三一五万六六〇〇円の収入うち五〇パーセントを生活費として控除を得ることができたであろうと推認でき、幼児の逸失利益の算定にあたっては中間利息の控除につきライプニッツ式計算法を用いるのを相当と認め、右金額を基礎として秀一の死亡時における逸失利益を算定すると次のとおり金一四四八万三一七四円(円未満四捨五入)となる。

3,156,600円×1/2×(19.07508003-9.89864094=14,483,174円

原告らは、秀一の父母であること当事者間に争いがないから、同人の死亡により右金額の二分の一ずつ、各金七二四万一五八七円宛相続したものと認められる。

2  慰謝料

《証拠省略》によれば、原告らが秀一の死亡によりうけた精神的苦痛には筆舌に尽し難いものがあると認められるところ、原告らには後記のとおり本件事故発生について一部の過失が存すると認められること、その他本件口頭弁論にあらわれた一切の事情を考慮しても、原告らの慰謝料としては各金五〇〇万円と認めるのが相当である。

3  葬儀費用

秀一の葬儀が原告文夫によって行なわれたことは弁論の全趣旨により明らかであり、かつ本件事故当時右葬儀に通常要すべき費用は、金三〇万円を下らなかったものと認められるから、同原告は、金三〇万円の支出を余儀なくされたものと認められる。

四  過失相殺

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  秀一は、本件事故当時満四歳であった(翌月の四月から幼稚園に入園する予定であった)が、三歳ごろから一人で戸外へ出て遊ぶようになったものの、比較的戸外での遊びよりも家の中での遊びを好むところがあり、戸外へ出るにしてもあまり遠くへ行かず原告らの目の届く範囲内であったこと、秀一が本件事故前に本件空地へ行ったことが一、二度あったが、その場合でも一人ではなかったこと、秀一は、普段、主として原告ら住居の東側にある大池荘アパート付近の広場か、近所の友達の家に上り込んで遊ぶことが多かったこと。

(二)  原告ら住居前の道路を北へ六〇メートルほど進んだ突き当りには本件用排水路があり、同用排水路には転落防止のための柵や蓋かけなど一切の安全措置がなされていなかったので、原告らは、秀一が一人で戸外へ出るようになってからは、子供が右用排水路に近づくと危険であることを認識するようになり、秀一に対しても、右の場所や本件空地には行かないように注意していたが、表通りの交通事故の危険をより強く感じ、その注意を厳しくいっていたこと、なお本件空地に隣接する駐車場には右水路側及び空地側にも高さ一メートルを超えるネットフェンスが設置されており、当時未だ駐車場としての使用を始めておらず、むしろ安全な遊び場の一つと考えていた(ただし右駐車場と空地との間には一部にはネットフェンスが設けられていないので、同所から容易に空地に入ることが出来た)こと。

(三)  本件事故当時、原告らの二男がまだ生後三か月位であったため、原告ら、とくに原告よし江は、二男に手を取られがちであったところ、秀一は、それを意識して気難しくなり、原告よし江に手を焼かせたりすることがあり近所の人への伝言依頼だけでは同人の指示に素直に従うとはいえず、時には同人が直接強く指示しなければならなかったこと。

(四)  本件事故当日、原告よし江は、午前七時過ぎに起床したが、生後一七日目に肺炎に罹ったことのある二男が、前夜から熱を出していたため、その日は、午前中の受付時刻が終了する午前一一時までに近くの病院へ二男を連れて行き診察を受ける予定にしていたこと。

(五)  他方、秀一は、本件事故当日、普段より早い午前七時過ぎに起床し、食事を取り、テレビを見たりした後、原告よし江が同文夫を勤務先へ送り出し家事に従事している間、原告ら住居前の幅約三・五メートルの路地の辺りで遊んでいたので、原告よし江は秀一に対して、病院へ一緒に行くから家の近くにいるように注意していたところ、午前九時三〇分ころ、原告文夫の兄嫁鷲野サイから電話があり、同人がこれから原告ら宅へ行く予定であるから、二男を病院へ連れて行くなら、秀一と一緒に留守番をする旨の申出を受け、その際秀一も電話に出て、鷲野サイと会話を交したが間もなく戸外に遊びに出たこと、そして、同人は、午前一〇時ころ、原告ら宅に到着したのであるが、丁度そのころ、原告よし江が後記のとおり来客と話をしていたため、庭先で一〇分ないし一五分ほど話の終るのを待っていたがその間同人も原告よし江も秀一を見かけなかったこと。

(六)  秀一は、鷲野サイと電話で話をした後、再び外へ出て今度は、原告ら住居のすぐ裏(西側)の路地付近で遊んでいたので、原告よし江は、西側の雨戸を開けて裏の家の知人と挨拶を交わし暫く話をしていたこと、ところが、秀一は、原告よし江が右知人と話をしている間に、右路地の更に西側の本件空地と接した駐車場に入って行ったため、原告よし江は、右知人に対し、秀一に帰宅するように伝言を依頼したものの、秀一は同人の言葉を聞き入れず戻らなかったのに、原告よし江はそれについて強い不安はもたず、直接秀一を探して連れ戻すことはしなかったこと。

(七)  原告よし江が右知人と話をしていた午前九時三〇分をやや過ぎたころ、原告ら住居北隣の知人が友人を連れて子供の洋服の仕立てを依頼に来たので、原告よし江は、洋服の形を決めるなどのため同人らと午前一〇時一〇分ころまで話をしたうえに、右の話が終って急いで帰る右隣人に対し、確認しないまま秀一が駐車場の東側端の辺りで遊んでいるから帰宅するように伝言を依頼しただけであったこと、このため、右隣人は、その時、秀一の姿を目撃していないし、同人の声を聞いたか否か明らかでないこと。

(八)  その後、原告よし江は、急いで病院へ出掛けるための用意を整え、鷲野サイと一緒に午前一〇時三〇分ころ、家を出たが、秀一は、自分が連れてくるから早く病院へ行くようにという鷲野サイの言葉に従って、そのまま自転車で病院へ赴いたこと、そこで、鷲野サイは、原告よし江と別れた後、直ちに秀一を捜して前記駐車場や本件空地など原告ら住居付近一帯を歩き回ったが秀一の姿を発見できず、結局、午後一二時二〇分ころ、病院から戻って来た原告よし江が捜した結果、本件空地北側の本件用排水路内に転落し、すでに死亡していた秀一を発見するに至ったこと。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故発生につき、秀一にも不注意があったとも考えられないではないが、同人は、本件事故当時四歳二か月の幼稚園入園前の幼児であったのであるから、社会生活上一般に存在する多種、多様の危険を自らの判断によって予見もしくは認識し、右危険を回避しうるだけの十分な態力を未だ備えていなかったものであり、本件用排水路への転落の危険についても、これと本質的に異るものといえず、水路への転落の危険を或程度具体的に認識したとしても僅かな不注意の瞬間における結果回避を適切になし得る能力を有していなかったと認めるのが相当であって、秀一が本件事故当時事理弁識能力を有しており、その過失を斟酌すべきであるとの被告の主張は採用しない。

しかしながら、他方、右認定の各事実を総合すると、秀一は、原告よし江が原告ら住居裏の知人に依頼して秀一に声をかけてもらった午前九時三〇分をやや過ぎたころから、原告よし江が鷲野サイと一緒に駐車場入口付近に行った午前一〇時三〇分ころまでの間に(正確な時刻は確定し得ないが全情況からみて午前一〇時三〇分近いころに)本件用排水路に転落したものと推認されるところ、原告よし江は、秀一が二男の出生後、少し気難かしくなったところがあってこれを気にしていたほか、本件事故当日は、起床時から二男を午前一一時までに病院へ連れて行かねばならなかったために気持が急いでいたのにかかわらず、秀一に対し、近所の知人を介して帰宅するように伝言しただけで、一向に帰ってこない秀一を一人にしたまま尋ねてきた隣人らと三〇分以上も話をした挙句、原告ら住居付近には危険な本件用排水路が存在することを十分認識しながら、かつ、秀一が近所の人に伝言を依頼しただけでは必ずしも指示に従わず、原告よし江が直接指示を与える必要があることを知りながら、右の時点でも帰宅しない秀一を駐車場にいると思い込み、同人の行方を捜すことなく、再び急いでいる隣人に対し、秀一に帰宅するように伝言を依頼しただけであって、結局、午前一〇時三〇分ころになって鷲野サイが本格的に秀一を捜し始めたものと認められる。しかして、監護義務者としては、時には或時間の範囲内では近隣の人に伝言を依頼したり、声や物音で確認できる範囲でこれを把握し監護することは母親としての家庭生活、社会生活上許されるし、本人の人格形成発育の上でもその範囲で直接の監護から離れることが有用であると考えられる点もあるが、これについても自ら限度があり、これが相当時間の範囲を超え長い時間に亘るにかかわらずそのような態様のみによる監護を続けるときは監護義務者としての注意は不十分になるといわざるを得ず、強い社会的非難に値するような不相当で極端な態様においてのみ監護義務者としての不注意が肯定されるとはいいきれないところ、原告よし江が本件事故当時右のような方法をもって間接的にのみ監護していた時間及び態様は相当な限度を超え、やや長きに過ぎ、幾分当を失したものと評価せざるを得ない。そうすると、本件事故の発生について原告よし江にも親権者として秀一に対する監護につき十分でなかった点があったものと認めるのが相当である。(又原告本人鷲野文夫の尋問の結果によれば、同人は勤に出ており、本件事故当日もそうであった関係上原告よし江以上に特別に監護義務を尽くしていたところは認められない。)

そして、原告よし江(及び原告文夫)は母親(又は父親)として、秀一の行動に対し、前記のとおり、いま少し直接に監護することを配慮することにより、最終的には本件事故を回避し得られたものであり、生後間もない二男を抱えながら日常的家事労働を負担しなければならない主婦であったとしても、右配慮をすることが過大な負担であったとは考えられないから、原告よし江(及び原告文夫)の不注意のあった点は損害額の算定に当り被害者側の過失として斟酌されるのが相当であり、諸般の事情を考慮すると、右被害者側の過失割合は二割とするのが相当である。

3  なお、原告らは、仮に原告らの監護上の注意義務に過失があったとしても、本件用排水路の瑕疵が被告の故意又は重大な過失によって作り出されたものであるから、かかる違法な行為をした被告が過失相殺を主張すること自体許されないか、権利の濫用であるし、仮にそれが許されるとしても、かような場合には、原告らの過失は、損害額の算定上斟酌されるべきでない旨主張する。しかし、《証拠省略》によれば、春日部市内には、広範な地域にわたって、多数の水路が存在することが認められるうえに、前記認定のとおり、本件用排水路の改造が、急増する住宅用の排水施設を補うためになされ、かつ、一般に市民が近付くことの多い場所には、被告によって一応の安全施設が設置されてたが、本件用排水路の事故現場は民有地に接する通常一般市民が自由に利用するものではなく、年少児が監護義務者の禁止的注意にかかわらず立入ることがあった事情に照らすと、被告の未必的故意あるいは重大な過失と評価し得る態様により本件用排水路の瑕疵が作り出されたとは認め難いし、亡秀一の死亡事故発生について原告側の通常の注意によってなお回避可能な部分が残されていたとみられる以上、死亡事故の主要な原因が被告による公の営造物の設置、管理の瑕疵にあり、その主体が公権力を担う公共団体であって一般市民に優位する立場にあったとしても、当該事故の回避可能な部分の程度に応じて損害額の算定において斟酌する趣旨で過失相殺の規定を適用することが制限されるものとは考えられず、前記認定の原告ら監護の不注意によって失われた結果回避可能な部分が右の斟酌に値しないものとは直ちに評価し得ないから、右の点に関する原告らの反論はいずれも採用し得ないし、被告の過失相殺の主張自体が権利濫用であるとする原告の主張も理由に乏しい。

4  以上のとおりであるから、被告が負担すべき損害額は、次のとおり、原告文夫に対しては、逸失利益の相続分と葬儀費用に各二割の過失相殺をした金額に慰謝料を加算した金一一〇三万三二七〇円(円未満四捨五入)、同よし江に対しては、逸失利益の相続分に二割の過失相殺をした金額に慰謝料を加算した金一〇七九万三二七〇円(円未満四捨五入)となる。

五  弁護士費用

原告らが原告ら訴訟代理人に対し、本件訴訟を委任したことは当裁判所に顕著であるから、その費用につき、本件事故と相当因果関係のあるものとして被告に負担させることのできる額は、原告らに対し各一一〇万円をもって相当と認める。

六  結論

以上の次第であって、原告らの被告に対する本訴請求は、原告文夫については金一二一三万三二七〇円及びうち同金額から弁護士費用を控除した金一一〇三万三二七〇円に対する本件事故発生の日である昭和四九年三月一四日から、うち弁護士費用金一一〇万円に対する事故発生日後(訴状送達の日の翌日)である昭和五一年一一月一八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告よし江については、金一一八九万三二七〇円及びうち同金額から弁護士費用を控除した金一〇七九万三二七〇円に対する本件事故発生の日である昭和四九年三月一四日から、うち弁護士費用金一一〇万円に対する事故発生日後(訴状送達の日の翌日)である昭和五一年一一月一八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊卓哉 裁判官 野田武明 友田和昭)

〈以下省略〉

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